2006年07月23日

エルビス小泉 現地記事

元ネタ washingtonpost.com Saturday, July 1, 2006

Bush Takes Koizumi for Tour of Graceland
ブッシュは小泉をグレースランドへのツアーに連れて行く。

グレースランド,アメリカ,6月30日 --- もし賢者が愚者だけが突進すると言ったとしたら、この日、少なくともブッシュ大統領は賢者の忠告を聞き入れていた。彼の友人(日本の小泉純一郎首相)をメンフィスへ連れて行く事と、明らかに現在国内で最も重要な観光地を訪問する事は、同じ事でした。
しかし、金曜日に波打つ髪の日本のリーダーがエルビスの歌をささくように優しく歌い始めた時、大統領は公私のけじめをつけていました。”ラブミーテンダー・・・”もしキング(エルビス・プレスリー)が東京出身だったら、かなりキングに迫るほど似ている深いバリトンで小泉は歌った。床と天井の両方にアボガドの毛足の長い絨毯を備えた、グレースランドのジャングルルームの中の石の滝の正面に立ちながらブッシュは笑ったが、参加はしなかった。
それで良い。政治的なイメージに苦心している大統領は彼自身のハートブレークホテル(エルビスの歌)を後悔し、彼のアドバイザー達がオール・シュック・アップ(エルビスの歌)ひどく動揺して逃げてしまっただろうから。

9月に引退する前の最後のアメリカ訪問として来ており、長年エルビスの熱狂的なファンで大統領の海外の大親友である小泉への餞別として、ブッシュは、伝説的な歌手が生きて死んだ大邸宅への特別な旅行を計画したのだ。この世界中のファンの(エルビスを慕って訪れる)聖地(エルビス博物館)は、初めて現職大統領をもてなすために、1982年の開館以来初めて一般観光客を締め出した。
もし大統領が控え目な陽気を続けていたら、小泉はチャンス精神に身を委ね、お気に入りの歌詞を口ずさんで、リサ・マリーにセレナーデを歌い、彼女の父親の有名なステージの動きを模倣さえしながら、エルビスのサングラスを掛けてカメラへ大げさな表情を向けただろう。かつて自分のお気に入りのエルビスの歌を選曲してCD発売したことがある小泉首相は、ド派手なコンサート衣装や芝生上のピンクキャデラックやゴールドレコードの壁を、大喜びで観察していた。

”叶わない夢”を少し歌った後で、大事なことを明確にするように「夢が叶った。」と小泉は言った。彼らが町にいた間、大統領と首相は別の名所(マーティン・ルーサー・キングが暗殺されたモーテルの隣にある国立市民権博物館)にも訪問した。それはこの外遊の土壇場での追加日程だったので、ホワイトハウスは訪問客の案内を頼む為に、博物館の館長ベンジャミン・フックが金曜日の朝に歯医者へ行くのを追跡した。
ブッシュは、小泉との個人的で強い絆(最初に築いた絆は、2001年キャンプデービッドでの芝生の上のキャッチボール、野球体験話の交換、そして、”真昼の決闘”などの大好きな映画を語り合った)を証明する為にグレースランドに来る為の時間を割いた。
ブッシュは良くても”偶然の旅行者”(映画のタイトル)だ。彼はかつて、モスクワのクレムリン大聖堂を7分フラットで通り抜け、セント・ピーターズバーグのエルミタージュ博物館で30分だけ手足を投げ出し、中国の万里の長城に到着後すぐに帰り道に付くというレースをしている。彼は時間不足を訴えて、インドにいる間タジ・マハールの招待を辞退していた。

それだけ時間が無いにもかかわらず、彼はワシントンからココ(メンフィス)に飛ぶ為の8時間をなんとか日程上やり繰りしたが、メディアの連中、例えば、ミズーリ州での高齢者向け医療保険制度に関する演説の時のように滅多に同行取材をやらない連中にまでも付いて来られた。実際、約300人もの記者が現れ、取材の便宜をはかるプレス・センターが、1956年製の紫色キャデラック・エルドラド・コンパーティブルや映画「ブルー・ハワイ」で使われた1960年製のMG、その他エルビスが集めた車を展示するエルビス・プレスリー博物館の中に設えられたのだった。 まるで彼らがもう一つの展示であるかのように、観光客は巨大なディスコボールの下のジャーナリストの周りを回りました。
誰もが仲間に加わろうとしました。大統領専用機の乗組員は、大統領とローラ・ブッシュと小泉が搭乗した時、インターホンシステム 越しに ”ラブミーテンダー”と”ドントビークルーェル”をプレイした。そのメンフィスへの空の旅の間では、エルビスの映画が観賞できるようになっていた。朝食はキングの好物の揚げピーナッツとバターとバナナのサンドウィッチが、個々に36グラムの脂肪を添えられて機内で振舞われた。ブッシュと小泉は丁重に遠慮したのだけれど、ホワイトハウス長官のジョシュア・B・ボルトンは試してみた、報道によると彼は後悔したらしい。

ブッシュと小泉がグレースランドに着いた時、国際動物愛護基金からきた活動家の小さな集団が、4人のエルビスの扮装者に、”ドントビークルーェル(残酷にしないで/エルビスの歌)”などのプラカード掲げさせるパフォーマンスで、日本の捕鯨政策に抗議する為、すぐ近くに集まってきた。
小泉はガラス張りの天井の娯楽室にある、黄色と青を基調にした壁に埋め込まれた3種類のテレビを注意深く見ていた。彼は350ヤードに及ぶ色とりどりの羽布張りで飾られたビリヤードルームに設置された、ビリヤードテーブルを見せてもらった。彼とブッシュは、エルビスと彼の両親が永遠の炎の隣に葬られた瞑想庭園で、グレースランドの広報担当官がそう呼んだ”プライベートタイム”を共有した。

彼がエルビスのハワイの思い出で飾られたジャングルルームに着く頃には、小泉は実行する準備が出来ていた。彼は、茶色の髪に金髪をメッシュさせたリサ・マリー(エルビスの娘)に笑いかけて、「あなたはエルビスに似ている」と言った。「Arigato ,」と彼女は答え、感謝を表明する。「私の誕生日はエルビスと一緒なんです。」と彼は言及した。
「今でも、」彼は付け加えた、「私はエルビスのCDをよく聴きます。」
それに対し、「君は素晴らしいエルビスの歌い手だよ。」とブッシュが受けた。
小泉は異議を唱えた「私は、ものまね芸人ではないよ。(アメリカには数え切れないほど、エルビスのものまね芸人がいる)」。
だが、ワシントンタイムスのリポーター、ジョセフ・カールは絶好の瞬間に立ち会う事を許された。
「ちょっと聴いてくれないか、」と彼は呼ばれたのだ。

小泉は感謝し、”ラブミーテンダー”を少し歌い始め、それから間をおかずスムーズに”キャント・ヘルプ・フォーリンンラブ”へ移った。「私は君が”ブルー・スウェード・シューズ”を歌う思っていたよ。」とブッシュは言った。この国のファーストレディーとかつての音楽のファーストレディー達は、写真のポーズを取る為にやってきた。
小泉はリサ・マリーを彼の腕で包み、"Hold me close, I want to hold you tight," と、彼女にささやく様に優しく歌った。
プリシラは、数少ない彼女の前夫(エルビス)の個人的な品を小泉に披露した。その中には数分前まで白い手袋をした博物館の従業員によって極めて慎重にテーブルに展示されていた、ペアのサングラスが含まれていた。小泉は、それらをはやる思いで掴んで、勢い良く身に着けた。それから、世界中のテレビプロデューサーを大喜びさせる瞬間で、彼は前屈みになり少しエアギターを弾くようにして、"Glory, glory, hallelujah"と歌いながら、亡くなった歌手の動きを模倣していた。

大統領は小泉の歌とダンスを見守っていたが、そのショウを楽しんでいる様に見えた。
彼は、小泉に楽しく過ごさせてやりたかったのだ。この日の任務は完了した。
「私は彼がエルビスを大好きなのを知っていた。」ブッシュは言った。
「でも、彼がこんなにもエルビスを愛しているなんて気付かなかったよ。」

posted by のぶ at 00:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | Persons(注目の人物)
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